先日、なんとなく自分の演奏を録音したものを聴き直していて、ふと「遅いなあ」と感じた。恐ろしいことに、これでも演奏の最中はCDで聴くダンスチューンに近い速さで吹いているつもりなのだ。鍛えてもいない感覚なんて実にあてにならないものだと悟った。そこで、どうして今まで試みなかったのかわからないけれど、アイリッシュの演奏として「望ましい」速さはどのくらいなのか、いま一度自分の中での指標を作ってみたいと思った。
そう思い立ってすぐ(珍しいことに)好きな録音をピックアップして、演奏の速さを測っていった。今回の投稿ではその結果を載せてみる。ただし、リールでは連桁で表現される4つの音のまとまり(楽譜にして二分音符ぶん)、ジグでは3つの音のまとまり(付点四分音符ぶん)を1単位として、1分間に何回のペースになるかを測っていく。これは、私のメトロノームの使い方から来ている基準で、一般的な四分音符を基準とするテンポ表記とは異なるので注意されたい。
はじめに断っておくと、サンプルはあまり多くないので、たいして参考にならないかもしれない。それから、地域ごとのスタイルに関する言及は、個人的な感覚なので、詳しい方からみるとあまり適切でないところがあるかもしれない。話半分に読んでほしい。
いちばん気持ちがいい速さ
まず、個人的にいちばん気持ちがいい、「いつまでも聴いていられる」と思うCDを取り出して、リールとジグの速さを測ってみた。日頃最もよく聴いているのは、コノート地方北部のスライゴー県、リートリム県、ロスコモン県あたりの音楽で、心が浮き立つような「リフト」の力強さがこのスタイルの特徴だ。
最初はJohn WynneとJohn McEvoy。ロスコモン県出身のフルート奏者と、イングランド・バーミンガム出身で、北コノートのスタイルを継承するフィドラーのデュオだ。ふたりともベテランだが、最近もGatehouseというバンドで活動を続けている。Pride of the Westという最高のCDに収録されているリールの速さはだいたい109-112、ジグだと112-126くらいだ。
次はColm O’DonnellのFarewell to Evening Dances。Colmはスライゴー県出身のフルート奏者で歌手。アイルランド音楽を聞き始めた頃に買ったCDなので、とても思い入れがある。西部の鄙びた情景が思い浮かぶような音楽だ。リールは100-120くらい。ジグは117-124くらい。かれはセットごとに少し速度に差を付け、表現の幅を広げている。
最後にThe Coleman Archiveのシリーズに収録されているスライゴーの伝説的なデュオFred Finn & Peter Horanの演奏を抜き出してみる。リールは114くらい。ジグは128くらいとなる。これでゆったりと聴こえるから不思議なものだ。
地域による違いはあるか
ついでなので、異なるスタイルの演奏についても測ってみよう。
Vincent Broderickはゴールウェイ県東部出身のフルート奏者。ゴールウェイ県もコノート地方に含まれるが、この地域ではむしろ隣接するクレア県に近い演奏スタイルが好まれているため、北コノートのミュージシャンと比べると、同じタイプのチューンでも滑らかに聴こえる。Gael LinnのコンピレーションSeoltaí Séidte – Setting Sailのトラックから測ってみるとリールがおよそ110、ジグがおよそ118となる。
次にアイルランド南部シュリーヴルークラ(ケリー県とコーク県の県境地帯)出身のフルート奏者Billy CliffordのEchoes of Sliabh LuachraというCDから。ポルカとスライドが好まれる地域だが、もちろんジグとリールも収録されている。セットによって、比較的ストレートなノリになっているものと、北コノートの奏者に近いアクセントが付けられているものがある。速さはリールが103-108、ジグが120-126といったところだ。
最後は北アイルランド、アーマー県出身のフルート奏者Fintan Vallely。近い地域のフルート奏者ではHarry Bradleyも有名で、どちらもダイナミックな演奏が特徴的だ。Traditional Irish Flute MusicというCDから測ると、リールが110-116、ジグが129くらいである。彼のスタイルはキレが良くスピード感があるが、測ってみるとそれほど顕著な差はないことがわかる。
トラディショナルなスタイルの演奏だと、地域による違いよりも奏者の個人差や意図する表現の差の方が顕著であると言えるかもしれない。もっと千差万別の結果を予想していたが、「標準的な速さ」がある程度の幅で見出せそうだ。
地域以外の違い
それでは、もっと現代的なスタイルの演奏ではどうだろう?多様なスタイルを追求しているミュージシャンがいる中で、「現代的な」という括りも乱暴すぎると思うが、ここでは2つのCDを参考にしてみたい。
GoitseのTall Tales & Misadventuresだとリールが122から124、ジグが140くらい。GrádaのNatural Angleだとリールが80から130、ジグが135くらい。基本となるテンポは明らかに速くなるが、時にはダンスチューンをゆったりとした演奏に乗せることもある。
ところで、レコーディングの始まりから現代に到るまでの「年代による違い」、ステージでのパフォーマンスで、ケーリーで、セッションでどのように演奏されるかという「シーンによる違い」は興味深いテーマになると思う。スコティッシュ、イングリッシュ、ケベコワ(フレンチカナディアン)などとの比較も面白いかもしれない。しかし、私にはこれらを語るにあたり適切な例を挙げることができないと思ったので、やめておいた。
そして個人的なこと
あらためて自分自身の演奏を省みると、その速さはこれまでに大きく変化している。2009年に録ったものを聴くと、リールは110、ジグは135くらい。リールは標準的と言える速さであり、ジグはさらにいくらか速めだ。これが今年の夏に録った大船渡セッションの課題曲の参考音源だと、リールが97、ジグが112とかなり遅くなっている。主な原因として考えられるのは、楽器をやって長くなるほど、トーンの質やアーティキュレーションに意識をするようになったこと、そして、首都圏に住んでいて時々セッションに顔を出していた2009年と比べ、他の奏者の演奏に合わせる機会が激減したことである。
さらに白状すると、ウケのいい軽快な演奏スタイルを脇目に、ある種のスノビズムから「速く演奏することに意味はない」という考え方に寄りかかってしまっていた可能性が否定できない。そのために、理想とする演奏の速さを追求するというあたりまえのことを、これまで見過ごしてしまったのかもしれない。今回の思いつきで、目指すべき速さの指標が、ある程度の幅に絞り込めることが分かったのは、大きな収穫だった。