ライブ報告(盛岡)

25日はクロステラス盛岡で演奏させて頂きました。

6月に大船渡でのイベントをお手伝いして以来の縁で、今回の話が決まりましたが、主催の方と直接お会いしたこともなく、演奏も聴いて頂いたことがないまま話を進めるのは少し心苦しいところもありました。そんな理由で手探りのステージでしたが、立ち止まってくれたお客さんも多く、嬉しかったです。

こんなに立派なステージで演奏してよいものかと自問するばかりでした。「演り逃げ」ではなく、きちんと企画して、きちんとアピールして、ということを心がけるには、今回の二日間はいい勉強になったと思います。そろそろ大人になれ、と言われているような気分です。今月のイベント二つもオフィシャルな感じのものなんですよね……。

曲目は遠野とほとんど被るので割愛しますが、この日はScarborough Fair / Kid on the Mountainを演奏しました。初イングリッシュトラッドです。John Renbournが好きなので興味はあるのですが……。二曲目はアイリッシュのスリップジグです。マイナー系のレパートリーはもっと増やしたい気がしますね。

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定禅寺ストリートジャズフェスティバル(2)

後手後手になっていましたが、ジャズフェスの記録です。

我々の次に演奏したのは「すらいごめいと」さん。関東を拠点に活動するホイッスル/ローホイッスルとブズーキ/歌のデュオです。彼らの伸びやかで人情味のある演奏は、いつも目標とするところ。気構えていないのに聴き入ってしまう。我々もそんな演奏がしたいものです。

会場を移動して、TRADさんの演奏を聴きに行きました。いつもお世話になっている、フィドルとキーボードでカナダ・ケープブレトンの音楽を演奏している宮古の夫妻です。沿岸で被災されたお二人の思いが詰まった、力強く素晴らしいステージでした。

観客の人だかりが大きくなっていくのを見ながら、どこか勇気づけられるような感覚がありました。辛いことであっても思いを共有することによって、経験を糧に変えて行くことができる。伝えようという思いと、知りたいという思いが出会う場を、今回のジャズフェスは作ってくれたような気がします。この日仙台にいたということで、仙台の街との絆が深まったようにも思えました。

二日目はフォルクローレ、ブルーグラス、ミュゼット/マヌーシュスウィングと聴いて回りましたが、圧倒されるばかり。ジャズフェスって本当に贅沢なイベントです。錦町公園の純米酒バーにも行きました。乾坤一はやっぱりいいなあ。こんど仙台に行った時は買ってこよう。

最後に仙台のアイルランド音楽さーくる「あいりっしゅ」の演奏を聴きました。ハープ、フィドル、コンサーティナ、フルート、ホイッスル、ボーランと充実した編成です。今年はダンスまで入り、今年は一段と本格的な感じが伝わってくるステージでした。詳しい解説も良かった。40分のステージとは思えない充実ぶりでした。

それから、私が仙台入りした9日には、神奈川のぼちーばんどさんのライブがありました。本場のバンドかと思うほど伝統的な音楽を聴かせてくれるバンドです。ホームの首都圏ではバンドとしてあまり活動していないと伺いますが、もったいなさすぎる。

ライブ報告(遠野)

24日遠野、25日盛岡のイベントに来てくださった方、ありがとうございました。イベント続きの9月が終わり、ほっとしてます(週一くらいで多忙だなんて言ってちゃ笑われそうですが)でも、10月も結構イベントあるよなあ……。

一日目の遠野では、日頃お世話になっているTANTO TANTOさんで演奏させて頂きました。天井が高くて開放感があり、演奏していてとても気持ちのいい場所でした。表は山が間近に迫り、星空が広がり……。個人的にはアイルランドを再訪したような気分でした。果たして、演奏がどこまでその気持ちの高まりを伝えられるものだったかは謎ですが、顔見知りの多いお客さんに盛り上げて頂き、楽しいライブになったと思います。

曲のことなどをいろいろ話しながら、というのが初めてだったので、どうなることかと思ってたんですが、まずまずだったかな。

演奏曲目は以下の通りです。

The Kesh

何度か続けて出だしの曲に使い、飽きてきたのでジャズフェスで封印してました。でももう復活しました。実は結構好きなんだと思います。

Sweeney’s Dream / Coleman’s Cross / Humours of Loughrea

ジャズフェスで演奏したリールのセットです。

Water Is Wide

最近ご無沙汰だけど、ごく初期から演奏してる曲です。

Siege of Ennis / Kerry Polka / John Ryan’s Polka

仙台あいりっしゅ(サークル)の定番セット、通称「タイタニックポルカ」です。最近タイタニックで流れるのが最後の曲だけだと知りました、じゃあ、このセットの出所は?オリジナル?先輩方見ていたら教えてください。

Danny O’Mahony’s / Humours of Kilclogher / Cuigiu Lasses

ジャズフェスで去年から演奏しているジグです。

Within a Mile of Dublin / Laurel Tree / London Lasses

ジャズフェスで演奏したリール。個人的には凄くテンションが上がるセットなんだけど、それほどウケてないような……。

Sí Bheag, Sí Mhor

定番にしているオキャロランの名曲。ギターソロが人気のようです。

Down by the Sally Gardens

世界中のアイリッシュ初心者が演奏するであろう曲でありながら、なかなか手放すことが出来ない魅力的な歌です。

Danny Boy

お馴染みダニーボーイ。アイルランド音楽を紹介するイベントってことで、身近な曲を入れてみました。

Star of the County Down

夜明け前、小雨の降る栗原市花山地区で自転車を押しながら突然脳裏に蘇った旋律。山里の静謐な朝にしっくりくるなあ、などと思って、帰宅後調べてみたらこの曲でした。旅人とおぼしき男が、すれ違った美女に一目惚れするという歌。邂逅の舞台はやっぱり早朝の湿っぽい薄暗がりなんじゃないかと勝手に考えてます。

County Down

ジャズフェスで歌った歌です。

Highland / Off to California / Miss McLeod’s

これも去年まで欠かさなかった定番セット。最近The Sessionで最初の曲がハイランドではないと知り、苦し紛れな紹介になってしまいました。

Hard Times

遠野でもこの曲を演奏することにしました。

Taimse Im’ Chodladh

笛のソロ。今回はスローエアやってもいいよね、という自己判断。美しい曲です。

Matt People’s / Old Copperplate / Over the Moor to Maggie

リールのセット。

Kerry Fling / Graf Spee / Gypsy Princess

すこし穏やかに始まるセット。最後の曲は開放的なイメージの楽しい曲なんですが、演奏でいつも悩んでしまう部分があります。

アンコールは「父兄参加」で。

実は仕事で来られない筈だった宮古のTRAD夫妻がいらしてました。奥様はさすがにキーボードを持ってきてはいなかったようだけど、旦那様にフィドルで参戦して頂きました。仙台からいつも来てくれるI谷さんにもパーカッションで入って頂き、セッション風に何曲か演奏しました。何時Geantraíの収録が始まってもおかしくない!って言うと自惚れすぎか……。

「ケルトの島」 続き

泥炭村

先日の文章を書いたあとで、若干補足したいことが出てきました。

なぜ「ケルトの島アイルランドの音楽」であって、「アイルランド島のケルト音楽」ではないのか、ということですね。後者だとなんだか苦し紛れに付けた論文のタイトルみたいで素っ気ないというのもありますが、それだけではありません。たしかに、ケルト文化再興の試みに敬意を払って「ケルトの島」としたのはいいのだけど、私たち日本の聴衆にとって、アイルランド音楽は果たして「ケルト音楽」なのか?という点には疑念があるのです。

たしかにアイルランドはケルト文化の息づく島です。でも、アイルランド音楽に使われる楽器のほとんどは古代ケルトの時代にはなかったものです。フィドルやパイプスは比較的歴史の古い楽器ですが、それでも中世まで遡れるのはハープくらいのものではないでしょうか。伝統曲ひとつひとつを見ても、技術的に新しい筈の機能和声に基づいた曲も少なくありません。アイルランド音楽は長い歴史を持っていますが、おそらく長い歴史の中で常に姿を変えてきたのだと思います。そんななかから、特に中世を彷彿とさせる古風な曲を選び出せばたしかに「ケルト音楽」的なものにはなるかもしれませんが……。

私は、音楽を愛するアイルランド人が、常に新しい外来の文化に敏感であったということの評価が必要だと考えています。これはやや抽象的な議論ですが、もうひとつ別の理由があります。アイルランドという国やその歴史を知らなくても、この音楽を楽しむことが出来る筈だという確信です。ヨーロッパの長閑な片田舎で演奏されていそうな、陽気で、素朴で、時に神妙な音楽。ケルト十字やラウンドタワーよりも、茅葺きのコテージや冗談好きな人びとを思い浮かべさせる音楽を演奏したいと思うのです。ケルトというルーツがアイルランドにとってとても大切なものだということと、同時にアイルランド音楽のなかでも普遍的で肩肘の張らない、足下の生活を慈しむ気分にさせてくれるような音楽をやりたいという気持ちの兼ね合いで、こんな表現に至ったのでした。

「ケルトの島」

こんどの地元岩手でのライブでは「ケルトの島アイルランド」というフレーズを使っています。何故このフレーズを使ったかについては、いつか説明しておきたかったので、ここに書いておこうと思います。

ケルト民族という言葉が指すものは曖昧です。ハルシュタット文化、ラ・テーヌ文化という考古学上の「文化」、ギリシア・ローマから見た異民族としての「ケルト人」という概念、言語上の類似などが先立っているのですが、古代のケルト人たちは遺伝的な系統やアイデンティティの面から見れば統一されていたとは言いがたい。この辺の内容はコリン・レンフルーの『ことばの考古学』やノーマン・デイヴィスの『アイルズ』に詳しく載っています。これらの本は比較的手に入れやすいので、興味のある方は是非。

ローマの侵略を逃れたアイルランドは、キリスト教の伝導、ヴァイキングやグレートブリテン島からの侵略、移民を受けますが、土地に根付いた文化が力強く生き続けた土地でした。アイルランドが経験した数々の苦難を越え、それらを受け継いだ近代のアイルランド人は、ケルト人の末裔であるという意識を共有し、その文化を世界に向けて発信してきました。現在「ケルトの末裔」は、アイルランドのみならず、スコットランド、マン島、ウェールズ、イングランドの北部(ノーサンブリア)や南西部(コーンウォール)。フランスのブルターニュ、スペインのガリシア、アストゥリアス等ヨーロッパ各地に広がっています。「ケルト」はこれらの土地で地域文化発信の旗印になり、彼らのルーツへの誇りを象徴する言葉になりました。考古学的に「ケルト人」なんていなかった、と言うのはたやすいと思います。さらに「ケルト」という表現には「商業主義」や「イデオロギー」という批判がついて回ります。でも、今日「ケルト」の意味するものの豊かさを、私はあくまで尊重したいと思っているのです。

次に「島」という表現に関してです。現在アイルランド島には二つの国があります。連合王国の領土である北アイルランドと南のアイルランド共和国です。日本人である私は、アイルランドの統一を叫ぶ立場にないし、その様々な方法に加担する意志もありません。私は二つの国にまたがったケルト文化のファンである一方、アルスターのプロテスタントの人びと、その主張に対してとやかく言うつもりもありません。いままで英国政府やプロテスタント側の組織が行ったことのなかには、もちろん是認できないものがあります。しかし、カトリックのアイルランド人はカトリックのアイルランド人で「それなりのこと」をやってきましたし、大部分のプロテスタントとカトリックはおとなしくとばっちりを受けていたに相違ない。今世紀、このトラブルがようやく収束してきたことについて、私は両手を挙げて喜びたいと思っています。

以前ウィクローの郵便局で、私の前に並んでいた人が北アイルランド宛の手紙を出そうとしていました。窓口の職員が、「国外ですね?」と言ったのに対し、彼女が間髪入れず、苛立った調子で「国内です!」と言っていたのが印象に残っています。実際郵便の区分では国内扱いになるようでした。おそらく、北アイルランドの旅行者だったんじゃないかと思ってます。その声の調子に、北アイルランドのカトリックの心の中には間違いなく「ひとつの国」があるのだなと私は推測しました。そして、その国こそが私の憧れの対象である「アイルランド」に一番近いのではないかと思います。かといって、今更過去を蒸し返してアイルランド統一を叫ぶのには大反対なので、この心の中のアイルランドを「島」と呼ぶことを選びました。ただ正確にはアイルランドは多くの島からなるので、この言い方にも語弊があるかもしれませんね。

定禅寺ストリートジャズフェスティバル(1)

10日、11日は定禅寺ストリートジャズフェスティバルでした。仙台で毎年開催されているイベントです。定禅寺通ではその名の通りジャズの演奏を聴くことができますが、榴岡公園から県美術館、勾当台公園から一番町アーケードの南端までの広い範囲にステージが散らばっていて、700を越えるグループが様々なジャンルの音楽を演奏しています。アイルランド音楽を演奏する仲間も各地から参加していて、この界隈でも一年に一度のお祭りとなってきています。

ジャズフェス全体の記録の前に、まず自分たちのステージで演奏した曲目を紹介しようと思います。

1. Inisheer

以前Barm’sでのライブで一曲目にLord Mayoを持ってきたように、友人の十八番を借りてます。最近聴かなくて寂しいなあと思っていたし、最初の曲はまず「アイルランドらしさ」を感じる曲じゃないといけないと考えてます。この曲は伝統曲でこそないけど、すごく雰囲気があって好きなんです。

2. Danny O’Mahony’s / Humours of Kilclogher / Cuigiu Lasses(ジグ)

去年はホイッスルで演奏した曲ですが、今年はフルートでやってみました。そもそも最初はフルートで演奏することを前提に組んだセットだったんですが、構成を考えて変更してたんです。ジグはフルートでゆったりめに演奏すると本当に気持ちが良いのです。

3. County Down(歌)

Tommy Sandsの曲です。ご本人ではなくDanúの演奏で覚えました。北アイルランドのダウン州からロンドンに行った恋人?息子?兄弟?がいなくて寂しいといった内容の歌。この曲に限らず「里に帰りたい」「里に帰ってこい」の名曲は多いですね。当初この手の曲で名高いThe Hill of Knocknasheeを歌うことも考えていました。あと、ゆったりした静かな曲なので、退屈しないか心配だったんですが、案外好評だったようです。

4. Sí Bheag, Sí Mhor

17〜18世紀のハーピストTurlough O Carolanが最初に作った曲と言われています。Sí(Sídhe)は「妖精」なのですが、「丘」の意味もあり、「大きな妖精の丘、小さな妖精の丘」と邦訳されていたりもします。日本人にはなじみ深いアニミズム的なテイストを感じるタイトルです。Takumi and Toshiの定番です。

5. Sweeney’s Dream / Coleman’s Cross / Shores of Loughrea(リール)

最初の曲はThe Girl with the Laughing Eyesというタイトルがあって、こっちが好きなんですが、面倒なのでSweeney’s Dreamのほうで呼んでました。最初は前者のタイトルでO’Neil’sから発見したんですが、あとでThe Mountain Top(チューンブック)にも掲載されてることを知り、こっちに近いバージョンになりました。2曲目、3曲目は去年別のセットで演奏した曲。Coleman’s CrossはJosie McDermottの、Shores of LoughreaはSeosamh Mac Griannaの演奏があります。ギターのイントロから軽やかに入るモダンテイストのセットを目指してます。ホイッスルで演奏しました。

6. Hard Times

Toshiさんの歌です。「おおスザンナ」等で知られるフォスターの曲。この年に演奏するのは特別な意味があります。水戸の友人のレパートリーなのですが、今年は来られなかったのもあり、我々で演奏しようということになりました。似た傾向の曲として、近頃知った黒人霊歌でNobody Knows the Trouble I’ve Seenという曲があるんだけど。これも良い曲ですよ。

7. Within a Mile of Dublin / Laurel Tree / London Lass(リール)

渋い伝統曲をつなげようとして出来たセットなので、もうひとつのリールと比べると素朴で力強い感じになっていたかと思います。フルートをがんがん鳴らして演奏しました。最初の曲はJohn Williamsから。2曲目はチューンブックから拾ったけれども、Fred FinnとPeter Horanで演奏しているそうです。3曲目はColm O’Donnellから。

8. Down by the Salley Gardens

用意したのは7曲なんですが、時間が余っていたので、しんみりした定番曲で締めくくることにしました。

いまひとつ完成してない曲もあったし、練習と比べてもベストの演奏ではなかったかな、と思ってます。でも、一方で毎年余裕が生まれてきてるような感覚もあります。もっと観客を意識してできればなあ、と常々思ってるんですが……。遠野ではもうちょっと喋ろうと思います。

告知

9月25日、クロステラス盛岡で演奏させて頂きます。午後2時からと午後4時からの2回です。

あと、10月15日、花巻国際交流協会のイベントに参加させて頂く予定です。

「多文化サロン」という催しで、今回は「アイルランドの音楽と食文化」というテーマになっています。参加するには事前申し込みが必要なようですので、興味を持たれた方はリンク先を参照ください。