カテゴリー : アイルランド音楽について

ふたたび仙台へ!

5月18日(土)に、Barm’sで開催されるTRADさん主催のセッションに参加します。午後7時半頃開始予定です。

アイルランド音楽のセッションではジグ、リールなどのダンス曲を中心に、集まった演奏者がその場その場で選曲を決め、自由に演奏します。20世紀初前半にアイルランド本国や移民の住むイングランドで生まれ、二次大戦後にさかんになった演奏形態だそうです。「セッション」という呼び名自体はジャズからの借用で、あとからあてはめられたものだとか。近年では日本でも大都市圏を中心として、全国で行われるようになりました。

基本的にはすべての旋律楽器が同じメロディを演奏し、ギター、ブズーキ、ピアノ、打楽器などによる伴奏が付きます。セッションのさなかでも、歌やエアは独奏されることがあります。エアというのは、アイルランドに伝わる民謡の旋律を器楽で演奏するものを言いますが、スコットランドやイングランド、アメリカの歌の旋律だったり、歌曲風の器楽曲として新たに作られたものもあります。バロック以前の時代に作られたハープ曲のレパートリーもこの範疇に含めることが多いです。

セッションの核をなすメンバーが定まってくると、おのずとセッションのレパートリーが充実してきます。アイルランド音楽は、我々のように外国人として取り組む人も多く、教則本や楽譜集も充実しているため、世界中どこでも通用するスタンダードチューンも少なくないのですが、親しい演奏者のレパートリーを耳で覚えたり、好きなアーティストを紹介しあったりするうちに、セッションごとの個性が生まれてくるようになります。

そんなわけで、不定期ながら長く続いてきたBarm’sのセッションは、言わば「東北スタイル」の結晶です。それも、年々ちょっとした変化があって、面白いなあ、と思います。

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「ケルトの島」 続き

泥炭村

先日の文章を書いたあとで、若干補足したいことが出てきました。

なぜ「ケルトの島アイルランドの音楽」であって、「アイルランド島のケルト音楽」ではないのか、ということですね。後者だとなんだか苦し紛れに付けた論文のタイトルみたいで素っ気ないというのもありますが、それだけではありません。たしかに、ケルト文化再興の試みに敬意を払って「ケルトの島」としたのはいいのだけど、私たち日本の聴衆にとって、アイルランド音楽は果たして「ケルト音楽」なのか?という点には疑念があるのです。

たしかにアイルランドはケルト文化の息づく島です。でも、アイルランド音楽に使われる楽器のほとんどは古代ケルトの時代にはなかったものです。フィドルやパイプスは比較的歴史の古い楽器ですが、それでも中世まで遡れるのはハープくらいのものではないでしょうか。伝統曲ひとつひとつを見ても、技術的に新しい筈の機能和声に基づいた曲も少なくありません。アイルランド音楽は長い歴史を持っていますが、おそらく長い歴史の中で常に姿を変えてきたのだと思います。そんななかから、特に中世を彷彿とさせる古風な曲を選び出せばたしかに「ケルト音楽」的なものにはなるかもしれませんが……。

私は、音楽を愛するアイルランド人が、常に新しい外来の文化に敏感であったということの評価が必要だと考えています。これはやや抽象的な議論ですが、もうひとつ別の理由があります。アイルランドという国やその歴史を知らなくても、この音楽を楽しむことが出来る筈だという確信です。ヨーロッパの長閑な片田舎で演奏されていそうな、陽気で、素朴で、時に神妙な音楽。ケルト十字やラウンドタワーよりも、茅葺きのコテージや冗談好きな人びとを思い浮かべさせる音楽を演奏したいと思うのです。ケルトというルーツがアイルランドにとってとても大切なものだということと、同時にアイルランド音楽のなかでも普遍的で肩肘の張らない、足下の生活を慈しむ気分にさせてくれるような音楽をやりたいという気持ちの兼ね合いで、こんな表現に至ったのでした。

「ケルトの島」

こんどの地元岩手でのライブでは「ケルトの島アイルランド」というフレーズを使っています。何故このフレーズを使ったかについては、いつか説明しておきたかったので、ここに書いておこうと思います。

ケルト民族という言葉が指すものは曖昧です。ハルシュタット文化、ラ・テーヌ文化という考古学上の「文化」、ギリシア・ローマから見た異民族としての「ケルト人」という概念、言語上の類似などが先立っているのですが、古代のケルト人たちは遺伝的な系統やアイデンティティの面から見れば統一されていたとは言いがたい。この辺の内容はコリン・レンフルーの『ことばの考古学』やノーマン・デイヴィスの『アイルズ』に詳しく載っています。これらの本は比較的手に入れやすいので、興味のある方は是非。

ローマの侵略を逃れたアイルランドは、キリスト教の伝導、ヴァイキングやグレートブリテン島からの侵略、移民を受けますが、土地に根付いた文化が力強く生き続けた土地でした。アイルランドが経験した数々の苦難を越え、それらを受け継いだ近代のアイルランド人は、ケルト人の末裔であるという意識を共有し、その文化を世界に向けて発信してきました。現在「ケルトの末裔」は、アイルランドのみならず、スコットランド、マン島、ウェールズ、イングランドの北部(ノーサンブリア)や南西部(コーンウォール)。フランスのブルターニュ、スペインのガリシア、アストゥリアス等ヨーロッパ各地に広がっています。「ケルト」はこれらの土地で地域文化発信の旗印になり、彼らのルーツへの誇りを象徴する言葉になりました。考古学的に「ケルト人」なんていなかった、と言うのはたやすいと思います。さらに「ケルト」という表現には「商業主義」や「イデオロギー」という批判がついて回ります。でも、今日「ケルト」の意味するものの豊かさを、私はあくまで尊重したいと思っているのです。

次に「島」という表現に関してです。現在アイルランド島には二つの国があります。連合王国の領土である北アイルランドと南のアイルランド共和国です。日本人である私は、アイルランドの統一を叫ぶ立場にないし、その様々な方法に加担する意志もありません。私は二つの国にまたがったケルト文化のファンである一方、アルスターのプロテスタントの人びと、その主張に対してとやかく言うつもりもありません。いままで英国政府やプロテスタント側の組織が行ったことのなかには、もちろん是認できないものがあります。しかし、カトリックのアイルランド人はカトリックのアイルランド人で「それなりのこと」をやってきましたし、大部分のプロテスタントとカトリックはおとなしくとばっちりを受けていたに相違ない。今世紀、このトラブルがようやく収束してきたことについて、私は両手を挙げて喜びたいと思っています。

以前ウィクローの郵便局で、私の前に並んでいた人が北アイルランド宛の手紙を出そうとしていました。窓口の職員が、「国外ですね?」と言ったのに対し、彼女が間髪入れず、苛立った調子で「国内です!」と言っていたのが印象に残っています。実際郵便の区分では国内扱いになるようでした。おそらく、北アイルランドの旅行者だったんじゃないかと思ってます。その声の調子に、北アイルランドのカトリックの心の中には間違いなく「ひとつの国」があるのだなと私は推測しました。そして、その国こそが私の憧れの対象である「アイルランド」に一番近いのではないかと思います。かといって、今更過去を蒸し返してアイルランド統一を叫ぶのには大反対なので、この心の中のアイルランドを「島」と呼ぶことを選びました。ただ正確にはアイルランドは多くの島からなるので、この言い方にも語弊があるかもしれませんね。