The Road Less Traveled

去年、ある先輩から、某SNS内で、これまで自分に影響を与えた録音を、ジャケットの画像で紹介するチャレンジに誘われた。アイルランド音楽を聴き始めてそれなりに年月が経つが、何が自分の嗜好や興味の核なんだろうと見直すいい機会になったと思う。セレクションには、ちょっとした見栄から、もっとちゃんと聴いとくべきだなという作品とか、白状すると、これを挙げれば玄人っぽく見えるかな、というような下心で選んだ作品もなかったとは言えない。でもおおむね嘘はついていないと思う。このセレクションの中にも一枚を選んだが、初期に出会って何度も聴き、自分のアイリッシュ観の礎になったと思うバンドのひとつがダヌー Danúである。このバンド名は神話からとられているけど、重々しい神秘的な雰囲気の音楽をやっているわけではない。

アイルランドの歌との出会い


例のセレクションに挙げたThe Road Less Traveledはダヌーの4作目として2003年に発表された。このCDに参加しているミュージシャンのうち、ボックス奏者のベニー・マッカーシー Benny McCarthyと、バウロンとパイプスを演奏するドナハ・ゴフ Donnchadh Gough はアイルランド南東部のウォーターフォードでバンドを結成したオリジナルのメンバー。フルートのトム・ドアリー Tom Doorley とブズーキのエイモン・ドアリー Eamonn Doorley の兄弟もごく初期からのメンバーだ。フィドルのオシーン・マコーリーOisín McAuley はドニゴール県出身で、この前作から参加しているようだ。ギターのドーナル・クランシー Donal Clancy は、実は60年代に活躍した有名なフォーク・グループ、クランシー・ブラザーズ The Clancy Brothers のメンバーであるリアム・クランシーLiam Clancyの息子である。Wikipediaによればダヌー創設メンバーのひとりだが、一旦脱退した後に戻ってきたところだったようだ。また、今作で一番注目されたのはシンガーのムィラン・ニカウリーMuireann Nic Amhlaoibh が参加したことだろう。


2トラック目のCounty Downは北アイルランドの歌手トミー・サンズ Tommy Sandsの歌だ。ふるさとのダウン県を離れてロンドンで暮らす若者に呼びかける詞で、穏やかで抒情的な伴奏と語りかけるようなニカウリーの声がよく似合っている。もともと、アイリッシュのシンガーは声を張り上げるのでなく、リラックスした声で歌うイメージがあったのだけど、話し声に限りなく近い声で歌う彼女のスタイルは、女性シンガーのものとしては、アイリッシュを聴き始めた頃の私にはまだ馴染みがなかった。しかし、アイルランド音楽に対して抱き始めていた印象(勝手な思い込みも多分に含まれていただろうけども)に一番合致するものでもあった。このほかに、ゲールタハト(アイルランド語地域)で生まれ育ったニカウリーはアイルランド語でも歌っていて、ダヌーCDに収録された歌の数々は、私がアイルランドの歌に親しみを持つきっかけを与えてくれた。County Downについて言えば、私はこの歌を気に入って自分のレパートリーにもしていたのだけど、シンプルな歌ならではの難しさもあり、ちゃんと消化できていたかどうかは疑問である。

ダヌーは本当に「渋い」のか


当時特に繰り返し聴いたのは7トラック目のGarech’s Wedding/Reel Gan Ainm/The Moving Bog/Cliffs of Glen ColmCilleで、ゆったりとしたスリップジグで始まりリールに切り替わるセットだ。1曲目はパディー・モローニ Paddy Moloney が作曲したチューンで、チーフタンズ The Chieftains のレコードにも単体で収録されている。この曲はブズーキの旋律から始まり、その後ではトム・ドアリーが吹くフルートの繊細な面がしっかり聴ける。2曲目はボックスとバウロンのキレのある演奏から入り、徐々に他のプレイヤーが加わっていくアレンジ。2パートのこの曲は2回しか繰り返されていないのだけど、この部分にはその短さを感じない展開のドラマチックさがある。3曲目と4曲目はいずれもドニゴールのリール。The Moving Bogといっても、ジェイムズ・モリスンが弾いているお馴染みの曲ではない。この曲の旋律はフィドラーのマコーリーとフルートのトム・ドアリーが演奏するのだが、両者の力強さが釣り合っていて素晴らしい。最後のリールで再び他のプレイヤーが加わる。この曲の入りは特にトラディショナルな雰囲気を豊かに感じさせ、Bパートで短調に切り替わるのがまたいい塩梅だ。


友人にこのバンドの話題を振った時のリアクションをかえりみると、ダヌーは00年代のグループの中でも「渋い」バンド、トラディショナルな演奏をするバンドだと思われていた。ネット上でも同じような感想が散見される。しかし、よく聴いてみれば、アレンジは工夫が凝らされていて、演奏は効果を計算して正確に重ねあわされ、全体を通じてしっかりした安定感がある。この点は、いわゆるローカルでマニアックな音源の多くとはちょっと毛色が違い、見方によってはかなり「モダン」なスタイルである。でも、その「モダン」は、質的にこれまでにないものを指向する「モダン」ではないように思う。ダヌーはかれらの演奏を創造性をもって精緻に作り上げていながら、あえてそのことを感じさせない野趣のようなものを生み出しているからだ。そういう特性があって、アイルランド音楽に出会って以来、少しずつ嗜好が変わっていく中で、ダヌーの演奏はより純粋な気持ちで楽しめるのだと思う。勝手な憶測だけども、00年代には、伝統の再生・再創造が試みられていた70〜80年代と比べると、若いミュージシャンたちにとって生の伝統音楽自体がもう古臭いものではなくなってきていて、その関係性の変化がダヌーのスタイルに現れているのかな、などと勝手に推測している。

ふたりのフルート奏者の迫力


最後のトラックはポルカ2曲とスライド2曲を組み合わせたセットである。出だしのNeilíはディングル半島の先端にあるグレート・ブラスケット島 Great Blasket / An Blascaod Mór にルーツを持つポルカ。静かな単音の伴奏なのに、主旋律のアクセントがリズムに緊張感を与えている。時々セッションなどで、あえてポルカを遅く弾こうと提案することがあるが、その時はこの演奏をお手本として思い描いている。2曲目のDan Sullivan’s Shamrock Swing Bandは同じポルカながら1曲目とはリズムのパターンが異なるので、その切り替わりが心地良い。ミクソリディアン・スケールの旨味がしっかり効いた大好きなチューンで、何度かステージでも取り上げたことがある。このチューンの序盤で演奏されるのはのバウロンのシンプルな打音と控えめな単音のブズーキに支えられた2本のフルートだけだが、盛り上がりを感じるのはふたりのフルート奏者が醸し出す迫力のおかげだと思う。そこに5弦フィドルのオクターブ落とした旋律が絡むあたりはこのセットの中で一番好きな瞬間だ。3曲目のDayne Thomas’sはトム・ドアリーが息子のために作曲した短調のスライドでこれも2本のフルートとブズーキのシンプルな編成で始まる。4曲目のJazzing with Mag Learyは華やいだ雰囲気を持つケリー県のスライドで、フィドルとボックスが加わった賑やかな演奏を、2本のフルートが最後まで力強くリードしていく。


トム・ドアリーのフルートは終始くっきりと鮮明な印象を帯び、多彩な音色を自由闊達に使うきらびやかなスタイルである。近頃手本としているコノート北部のスタイルを基準にすると、リールで言えば1音目にアクセントを置くが3音目のアクセントは常に強調されるわけでなく、音と音は滑らかにつながれている。フレーズの切れ目にブレスを入れず、チューン全体の連続感が強いなどの違いがある。一方でニカウリーのフルートは、最後の特徴だけは共通するが、どちらかというと音色がより均質で粒状感を感じ、個人的に馴染みあるスタイルに近い。また、ポルカの活き活きした表現は圧巻で、テンポを落としてもその魅力は失われることがない。ニカウリーのフルートとホイッスルの演奏は彼女のソロ名義のアルバムでも聴くことができるが、今でも憧れの笛吹きのひとりである。

私自身にはあまり音楽を評する耳がなく、普段は「上手い」とか「好き」などと言及するだけ。今回は精一杯言葉を絞り出したが、耳の良い人から見れば頓珍漢な部分もあろうことかと思う。しかしながら、おそらく00年代を代表するアイリッシュのグループだったのに、日本国内ではその魅力に見合うほど話題にされたとは言えないこのバンドについて、ほかの人が語らないなら、自分が語ってやろうという気持ちで、無謀にもこれを書くことにしたところである。

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